Column

TEENAGER ―年齢なんて、ただの数字に過ぎないわー

 アリーヤの「AGE AIN’T NOTHING BUT A NUMBER」というアルバムを手に取った時、私はティーンの仲間入りを果たしたばかりだった。「年齢なんて、ただの数字に過ぎない」というタイトルに、私は燃えた。体も、意識も、意見も、オトナなのに、世の中は私はコドモと呼んだ。そんなギャップの中で生きるのは、なかなかきつい。散々悩み抜いて、勇気を出して発した言葉が全て「反抗期」という一言で片付けられてしまったり、男の子に本気で惚れているのに「恋に恋しているだけ」と微笑まれてしまったり。オトナと呼ばれる人たちに、対等に扱ってもらえない、理不尽なティーン時代。“あたしが見てきたものを、お前は見てきたっていうのかよ?お前にあたしの何が分かる?”フォクシー・ブラウンのリリックを爆音で流していた10代の頃。対処しようのない怒りが、HIPHOPの怒りと重なっていた。オトナに耳を傾けてもらえない私の言葉と、社会に耳を傾けてもらえない黒人のHIPHOPのリリックが、同じテンションで空気に流れていた。くやし涙を流しながら、強くなりたい、なんて思っていた。

 自分の年齢の最後にTEENが付かなくなってから、もうすぐ5年が経つ。早く自分に相応しい“オトナ”という称号を手に入れたくてもがいていたあの頃を思い出す。馬鹿らしい校則から、早すぎる門限から、遊びに行く時に親に付く嘘とアリバイから、やっと開放された今、必死に頑張って手に入れた自分だけの自由な“一人暮らし”という空間の中で、好きな分だけヴォリュームを上げた音の中で、初めての真剣な恋、初めてのキス、初めてのエッチ、初めてのいろんなことでぎっしり詰まったあの7年間を思い返す。改めて、自分がちゃんとオトナだったことに気付く。年齢を重ねるごとに身につける知恵が少ない分、体当たりで全てを感じていた気がする。その時に感じた想いは、本気だし本物。一人の人間の立派な声だ。ただ一つ、「私の声を聞いてよ!」とがむしゃらに叫んでいた昔の私に、今の私がアドバイス出来ることがあるとしたら、それは「人の声をきく!」ということ。自分の意見だけをぶつけるのではなく、他人の意見も受け入れるということの大切さ。誰にも理解されずに苦しんでいた私は、誰のことも理解しようとしていなかったのだ。そして、猛烈に怒っていた。でも、あの時の「ムカツク」気持ちが、私を物を書く仕事に就かせたんだと思う。これは、ラッパーがマイクを掴むのと似た感覚かもしれない。あの独特の怒りを感じた過去が、今の私を作り、葛藤している今が、未来の私を作る。その作業を繰り返す内に、発する言葉に説得力が伴ってくるものなのかもしれない。

オトナは多分、私に言う。
「まだ23歳の貴方が、大人について語るなんて百年はやい!」
私は多分、こう答える。

「FUCK YOU! AGE AIN’T NOTHING BUT A NUMBER!」

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