皮肉なことにアメリカでは今、刑務所という場所が、新たなホットな演出の一つのように扱われ始めている。ビニー・シーゲルが、日曜夜に行われたハーレムのアポロシアターのショウに、刑務所の電話から参加したらしい。なお、彼の参加の様子はビデオ・クリップにもなるらしい。
HIPHOPの魅力の一つは、リアルなところだと私は思う。誰からの圧力も感じずに自分が感じているリアルな気持ちをリリックにぶつけた、生身の人間の声。社会への必死の訴え、それがHIPHOPの起源。今、刑務所にいるラッパーが、世の中に言いたいことがあるのなら、リアルで、人々にとってプラスになるような内容ならば、刑務所からのライブは悪いことではないと思う。でも、刑務所という場所がプロモーションとして効果を上げるなんて、私はあってはならないことだと思うのだ。
今のHIPHOPの一部が、私は嫌いだ。マリファナを吸うこと、喧嘩をすること、不良であること、それは全てリアルなことかもしれない。でも、わざわざ世の中に自慢することではないはずだ。例えば2パックのリリックの中にだって、もちろんマリファナは出てくるし、酒もSEXも喧嘩も出てくる。ただ、それらはメインではない。2パックは常に世の中への怒り、もどかしさ、そして今の自分が法を守らない生き方を選んでしまったことへの悲しみ、仲間が次々と死んでいくなかで、ストリートは変わるべきだ、そんなことを訴え続けていた。それを誤解して、「喧嘩上等」「マリファナ最高」、そんな内容を“悪い=かっこいい”的に披露するラッパーが少なくない。アメリカにも、そして日本にも。
日本は平和な国だ。銃問題を含め、ゲットーでの生活だって想像しにくい。それは、とても恵まれたことであり、私たち日本人が誇りに持つべきこと。HIPHOPが好きだからって、銃やゲットーに憧れる必要はないし、“黒人のようになりたい”と思うのはHIPHOPという生き方からずれているように私は思う。自分という人間に誇りを持つこと、それがHIPHOPなんじゃないかな。厳しい人種差別の中、他の人種の人たちからどんなに認められなくても黒人が自分に誇りを持ち続けたように。そんな物凄くかっこいい彼等から私たちが学べるもの、それはゴールドチェーンでも、話し方でもなく、その強い精神なんじゃないかな。もちろんファッションだって取り入れていいと思う。かっこいいと思うものを身に付けるのがファッションだから。でももっと、そこに自分を加えて欲しいなってちょっと思う。HIPHOPは自分を表現できる方法の一つなんだから。
そしてもう一つ。「あいつはHIPHOPやってるくせにボンボン/高学歴」系の話をよく聞くし、それはエミネムの“8マイル”のMCバトルにも出てきたセリフだけど、それはそう言われた人が、“ゲットー出身風”に振舞っていたから言われちゃうことなわけで、なにも貧しい家庭に育った人だけがHIPHOPと関わる権利があるわけじゃない。だから、金持ちの家に生まれた人/エリートと呼ばれる人は、その苦悩(人それぞれ生まれた環境は違うわけで、それぞれの苦悩がある)をリリックにぶつけてもいいと思う。不幸自慢がHIPHOPなわけじゃないんだから、自分が言いたいことを言えばいい。自分の本音を。
2パックは本当に頭のいい人だった。彼の本を読んでいれば、彼が沢山本を読んでいることが分かる。エミネムも、常に紙に小さい字でビッシリと几帳面に沢山のリリックを書き溜めているらしい。中国系アメリカ人のJINも、「弁護士になりたい人が沢山勉強するのと同じで、HIPHOPやリリックの書き方を死ぬほど勉強した」と言っている。ラッパーも、努力と勉強は大事だということがよく分かる。悪そうで、かっこよく見えるラッパーだって、真剣に自分と、そしてHIPHOPと向き合っているわけなんだ。だって“フリースタイル”も、努力と勉強なしにはスムーズにいかないものでしょう?DJは、それこそ勉強と努力なしにはなれないものだしね。私も一応ラジオMCとしてとっても勉強不足だから、頑張ってもっと努力をしないといけないな。
自分とHIPHOP、貴方はどう思う?