真っ白な外観がまるで宮殿のようなNKホールで、これからアリシア・キーズのライブが始まる。ステージではアリシアのバックシンガーと思われる女性が、期待に胸を高鳴らせる大勢の観客に、これから始まろうとしているショーの凄さを示すかのように美しい歌声を広い会場に響かせている。ステージの後ろから、ピアノの鍵盤をモチーフにしたThe Diary of Alicia Keys」と書かれた垂れ幕がゆっくりと降りてくる。照明が消え、真っ暗になると観客は悲鳴を上げてアリシアの登場を待つ。
嵐の音が聞こえてくる。荒れ狂う風と吹き荒れる雨の音が、チカチカとした照明と共に私たちを襲う。するとステージの真ん中に置かれた階段から、黒いハットを目深に被ったスーツ姿のアリシアが、新曲“Kalma”を歌いながら、ステージに降りてきた。会場のいたるところから歓声が沸く。豪華客船を思わせるセットが施されたステージに立つ杖を持ったアリシアは、カリブの海賊の中のクィーンの様。いつもスピーカー越しに聞いていたアリシアの聴きなれた声が、ストレートに耳に入ってくる。信じられないような響きと共に。
二人の女のダンサーを横に、アリシアは力強く体を動かす。指導されたダンス、という感じではなく、天然のノリを持っているダンサーという印象を受ける。目深に被っていたハットを取ると、アリシアの美しい顔と腰くらいある長いブレイズが見え、観客は口々にアリシアの名を叫ぶ。音が止まり、アリシアは広い会場をゆっくりと180度見渡す。まるでアリシアが歓声を操る指揮者であるかのように、アリシアの視線の先で、その都度歓声が沸く。
「We gotta keep this party! TOKYO!」
とアリシアが叫び、私たちは一つの大きな歓声をアリシアに返す。
ステージの左側には女性二人、男性一人のバックシンガーが三本並ぶマイクスタンドと共に三人で肩を揺らしている。その横にエレキ・ギター、ドラム、キーボードがステージ後ろを埋める。そして、それらの前に置かれた黒いグランドピアノが照明を浴び、艶やかに私たちの目に映る。アンティークのオルゴールの中にいるみたい。何故かそんな風に思えるほど、ステージの上では非日常的な美しい世界が確立されている。その世界の中心にいるアリシアは、手拍子を始め私たちに手拍子を求めたり、ジャンプして私たちに思い切りはじけるよう求めたり、私たちを一気に彼女の世界に招き入れる。
照明が青に変わり、アリシアは私たちに話しかける。
「この会場にどれくらい“リアルな男性”が来ているのかしら?」
会場の男性人が声を上げる。
「じゃあ、“リアルで、強くて、美しい女性”は?」
私たちは悲鳴に近い歓声を上げる。
「そう!自信を持つことがすごく大事!では、ここにいる一人一人のために!」
アリシアはピアノを弾き始める。アリシアの7歳から始めたというピアノの腕前に会場は息を呑む。ピアノから、アリシアの体から、メロディが奏でられる。アリシアの体は一つの楽器のように、美しい音を出す。それが生のアリシアの歌声。
ジャケットを脱ぎ、セクシーなコルセットキャミ姿になったアリシアはステージの真ん中で一人踊り始める。ベリーダンスを思わせる色気のある動きに私たちは手拍子を始める。アリシアはピアノへ戻り、ソロでピアノを披露。続いて楽器ごとにソロでプレーする。会場に溢れるJAZZの世界を照明は、紫、赤、オレンジと色を変えて映し出す。鳥肌が立った。
ラメがキラキラと照明を反射して光るハットを被ったアリシアがピアノの前に座る。
「この曲は私にとってとてもスペシャルです。あなたにとってもスペシャルですように。」
そう言い終わると、“If I ain’t got you”のイントロがアリシアの弾くピアノから聞こえてくる。歌声が聞こえる前に、私は既に泣きそうだ。真っ暗な会場の中を、一つのスポットライトがアリシアだけを照らしだす。大勢の視線がそこ一点に集中する。
「全てが欲しいという人もいる。
ダイヤの指輪が欲しいという人もいる。
でも、全てはアナタがいなくちゃ何の意味も持たないの。
もしアナタがいなかったら、
この世の中にある全てのものが意味さえ持たなくなる。」
アリシアの究極のラブソングが、会場の隅々に愛を運ぶ。
しっとりとした空気の中で、ドラムが響きだす。アリシアはNASと一緒に歌った“Street of New York”のパートを今度は力強く歌う。曲のよって様々な顔を持つアリシアは本物のアーティストだ。
アリシアはグランドピアノの上に寝そべっている。その姿はブロードウェイの女優の様。
「赤い光を頂戴。」
アリシアを赤い照明が覆う。ピアノの前に座り、ハットを被ると、“DIARY”を演奏し始める。そして、アリシアのピアノの上に、「あなたの秘密は守るわ。私をあなたの日記の1ページだと思って」というアリシアの言葉が乗る。
“Fallin’”へと曲が移る。アリシアの息使いさえも、マイクは拾う。そしてそれは曲の一部のように聞こえる。そっと目蓋を閉じると、アリシアの美しい声がその優しく暖かい意味を持って、私の中いっぱいに響く。会場からは、めいいっぱいの拍手、歓声、そしてヒューっという口笛が聞こえる。アリシアがステージから姿を消しても、歓声は更に大きくなっていく。
ショウを通して、見事なパーフォーマンスを見せてくれた三人のバックシンガー達が、ステージから私たちに呼びかける。
「アリシアをまたステージに呼び戻そう!1,2,3で声を出して!」
私たちの声がアリシアに届いたのだろうか、アリシアはその美しい姿をもう一度私たちの前に出すと、“You Don't know my name”を歌う。ウェイトレスが、職場に毎週来る名前も知らない男の人に恋をするという曲。アリシアは、携帯を取り出すと、男の人に電話をかける。(このような凝った演出が最後の最後まであるのはすごい!)「普通の女の子はあまりこういうことしないんだけど、」と前置きをして、名前さえ知らない彼をデートに誘うのだ。アリシアが、“リアルで強くて美しい女性”は会場にどのくらいいるかと、ショウの始めに私たちに聞いた言葉を思い出す。アリシアは深く頭を下げてお辞儀をし、ステージを後にした。
彼女の素晴らしかったパーフォーマンスを絶賛する拍手と、彼女のくれた時間を感謝する拍手とが交わり合い、最後にもう一つの大きな興奮が会場で生まれる。会場の明かりが付くと、ずっと立ってショウに見入っていたために存在すら忘れかけていた椅子が目に入る。まだ胸をドキドキさせながらNKホールを後にすると、ディズニーランドから上がった花火が秋の空に咲いていた。